席
仕事が終わり、帰りの電車に乗った。時刻はまだ昼の12時20分、一回乗り換えがあって、家までは1時間かかる。乗り換えをする前の電車の座席は青くて、その後の電車の座席は赤い。
僕は出勤、退勤の電車の中ではいつも30分くらい英語の勉強をし、それが終わると音楽を聴きながら眠ったり、窓の外の風景や電車の中の人々を見ることが多い。
この間も同じく青い座席から赤い座席に変わって座った。車両のドアから近い席。英語の勉強が終わり眠くなり始めるころ、駅に停車した電車には新しい人々が乗ってきた。ちょうど満席になりかけ、最後に乗車した人たちには座れる席があまりなかった。
3人の家族に見える人たちが席を探していた。中年の娘に見える女性と老人の夫婦。
ちょうど僕の隣に座っていた人が降りて、彼らは僕の前の方に向かってきた。僕の隣の席に妻の方が座ると同時に僕は座席から立ち上がった。
夫の方は手を振りながら譲ってくれなくて大丈夫なのに、というようなジェスチャーをした。ヘッドフォンをかけて音楽を流していたので彼の言葉は聞こえなかった。僕は彼に何の合図もせず、ただ立った後左のドアの方へ少し動き、そのままドアの外を眺めた。
僕はいくらもしないうちにさっきの自分がした行動に疑問を持ち始めた。「ええ」とか「大丈夫ですよ」など簡単な言葉くらいは言えたはずだったのにと。普段の自分からは少し変わった様子で不思議に思った。
疑問を解決できず、音楽の選曲を変えた。暴力的な言葉がたくさん出るアルバムを選んだ。「殺す」、「奪う」などの言葉がビットに合わせて流れてきた。僕はその音のリズムに合わせてうなずくように首を動かしていた。
右下、気がついたら座っている彼は目を瞑って、首を横に傾けたまま一定のリズムで体を弾くように肩から首周りを動かしていた。その時、僕は彼の動きが自分が聴いてる音とリンクしたような錯覚を感じた。彼は音に合わせて動いてるのではなく、パーキンソン病のなどの何らかの症状によって痙攣していると判断するには数秒くらい掛かった。
音は相変わらず流れ続けていた、僕の首は動いていたし、彼の首も動いていた。家の最寄駅に着くまでの間、僕はテーブルの上に現れた虫を見る自分のように、電車の中で立っている自分自身を見ていた。
最寄駅につき、目を瞑っていた彼は僕が降りようとする様子が見えたのか、軽く右手を上げて「ありがとう」と言ってくれた。言葉は聞こえなかったが、唇の動きでわかった。僕は軽く頭を下げた後降りた。