Tシャツについた血
ネットでいい条件のアルバイトがあったので、応募するためハローワークへ向かった。ハローワークに行くのは気に食わなかったが、いざ、家から出てみると晴れた気持ちで向かった。
雨が降りそうな天気だったが、予報での降水確率は低かったから傘などは持って行かなかった。
近所のハローワークまでは徒歩15分くらい、そこまでちょうど半分を過ぎたところで突然土砂降りの雨が降ってきた。一瞬で空色の半袖Tシャツが濡れた。僕は雨にうたれるのが好きだったので気持ちよかった。
夕立だったのか、雨は長くは降らなかった。ハローワークに着いたころは止みかけていた。
僕は濡れたまま入口にある受付で用件を言い、窓口の前の椅子に座って自分が呼ばれるのを待っていた。受付で濡れてる自分を見てかわいそうに思い、何か一言、言ってくれるかと軽い期待をしたが、特に何もなかった。
エメラルド色の椅子、各種のポスター、少し低く感じる天井、ベージュ色の電話器、傘ストッパーなど…
椅子に座って順番を待っていると、背が高い老人が前を通った。
白い半袖Tシャツを着て、チャコールのトレーニングパンツを履いていた。素材が厚い靴下を履いて、底が薄いサンダルを履いていた。そのTシャツは全体的に伸びていて、所々にちょっとづつ血がついていた。パンツには毛玉が沢山あった。杖を持っていた。
僕はその老人が椅子に座る前に、窓口の人たちが老人に注目していることに気づいた。
一人の40代に見える女性役員が窓口から出て、老人の前に立った。そして腰を下げて老人に聞いた。老人は僕から一席を開いて隣に座っていた。
何か御用ですか?
これの場所がわからなくてさ…
老人は片手で持っている折り畳まれていた紙を役員に見せてあげた。
紙はA4サイズで白黒のグーグルマップのパソコン画面が印刷されていた。紙の真ん中には蛍光ペンで丸がつけられていた。
役員はまた聞いた。
受付で整理券はもらいました?
いや、もらってない。
そうですか、ちょっと待ってくださいね。
役員は自分のデスクの方に行って紙とペンを持ってきた。
ここに、お名前とご住所とお電話番号を書いてください。
老人は書くのに紙とペンを支えるところがなくて少し嫌がっていた。
役員はそれに気づき、再びデスクに戻り平たいプラスチックのようなものを持ってきて老人に渡した。
老人が書いてる途中、役員は老人が見せた紙を見ながら聞いた。
ここで仕事が決まったけど場所がわからないのですか?
老人は返事をしなかった。
今日はお仕事を探しにきたのですか?
老人は“今書いてるじゃないか”と少しむかついた声で答えた。
名前、住所、電話番号を書き終わった老人は紙を役員に渡した。
順番でお名前をお呼びしますからちょっと待っててくださいね。
と役員が答えると隣からその役員の上司に見える女性が現れた。
女性は役員から老人が書いた紙をもらい、役員に「私がやるね」と小さい声で言った。
こちらへどうぞー
紙と一緒に自分の窓口に戻った女性再び紙を見て老人の名前を呼んだ。
杖で支えながら椅子から立ち上がった老人は窓口へ向かった。5メートル、不安定な歩き方がもう一度周りの注目を引いた。
椅子に座った老人に女性は聞いた
この地図の丸のところに行きたいですか?
そう
ここはこれからお仕事される場所ですか?
いや、俺仕事をやってたけどさ、足が腫れてきて、仕事できなくなったから、ここ行くとお金返ってくると言うから、
あ、そうなんですね。
女性は話しながらも、老人の服の血が気になったのか、ウェットティッシュを用意していた。
その服に着いてるのは血なのかな?大丈夫?
これは痒いから掻いたら血が出て、
あ、そうなんだね。とりあえず、あの、手を拭いてもらおうかな、ここはみんながいる場所だからね。血がついた手だとね、よくないからね。
女性はウェットティッシュを老人に渡して、老人は適当に自分の手を拭いた。拭いたウェットティッシュを捨てる場所を探すと、女性はデスクの下から黒いゴミ箱を取って、老人が捨てやすいように老人の前まで持ってきてくれた。
老人がウェットティッシュをそのゴミ箱に入れると女性が「ありがとう」と言った。
女性は席に戻り、老人に聞いた。
ハローワークは初めてですか?
いや、昔来たことある。
そうか、ここは以前ハローワークで紹介されたの?
誰かにハローワークに行くと教えてくれるって言われた?
いや、だからハローワークとは関係ないんだよ。
あ、そっか、ただ行き方聞きたくてきたんだね。
もういいよ、帰る。
老人は椅子から立ち上がろうとした。
ここの場所はどうやって行くの?今日何できた?
車だよ。
車ね、車だとすごく近いよ。この大通りのセブンあるじゃん、その
俺もそのセブンの近くまで行ったんだけど、わからねんだよ。
もういいよ。
老人は足をかろうじで引きながも急いで出ようとした。老人のパンツのポケットから通帳が落ちた。女性はすぐ拾い、老人に渡した。
大事なもの落としたよ。大丈夫?歩ける?
老人は答えずに外へ出た。
その後、濡れた服のせいか、体が冷えたことに気づいた時、老人が座っていた窓口の反対側から僕の名前が呼ばれた。